2011.6.7(火)〜8泊9日  
佐渡島一周W
昨年4月「島四国(小豆島)」を7日間かけて歩いた、同メンバーの豊岡・藤原・清水の3人で今般は佐渡島を歩こうということに・・・。

当計画にあたり加藤氏に聞いたところ、彼は3泊4日で歩いたそうだ。
我々はそんなに早く歩けないため8泊のユッタリ歩く計画だ。
それでも総距離 222Kmで1日あたり25Km、長い日は 35Kmある。

これが毎日続くのだから・・・。

計画にあたり、宿舎等の手配は「佐渡民宿総合案内所」にお願いした。
<予定のお宿と地区名>
小木港
佐和田
達者

藻浦
住吉
大川
筵場
小木港
さかや いせや 岩百合荘 海府荘 山本荘 寿月館 津島荘
1日目(2011.6.7) はれ <初日から計画倒れ> ヴィアイン金沢泊
大阪駅〜佐渡島小木港まで
12,170円+180円+2,530円=14,880円
大阪駅
特急
金沢駅
特急
直江津駅
バス
直江津港
フェリー
小木港
8:42 11:14〜11:16 13:00〜13:10 13:40 16:20

8:30
8:42

上表の予定で、大阪駅 8:42 発のサンダーバードに乗るため集合。
サンダーバード出発。これから始まるウオークでみんな心が躍る。車中ビールでカンパーイ!


11:22

車内で楽しくやっていたが、金沢駅に近づいてくると、「サンダーバードは8分遅れている」との車内放送。
車掌に11:16 発の「はくたか」に乗り継ぎ出来るか確認すると「大丈夫だ」との返事。
ところが・・・、金沢駅で待っているはずの「はくたか」は既に出発してしまっていた。
金沢駅まではJR西日本の管轄だが、金沢以北はJR東日本の管轄。JR西日本の遅れなんか我がJR東日本は知ったこっちゃねえ、ということらしい。

駅員に我々の9日間の行動予定表を見せ「どうしてくれるんだ」と迫る。
その対策として次の二通りが考えられるとの答え。
@金沢駅発13:37 で新潟まで行き新潟から両津へフェリー、両津からバス・タクシーを乗り継ぎ小木の宿に夜に着く。
 この場合の8000円ほどの交通費は一切面倒みてくれずに、当方負担! 
A本日予約している小木の宿「さかや」はキャンセルして金沢に泊まり、明日佐渡に渡る。 

やむなく、三人で協議の末本日は大幅に予定変更して金沢駅ホテル「ヴィアイン金沢」に泊まることにした。

午後

金沢に泊まることにした我々にはたっぷり時間が出来た。
金沢城か兼六園に行こうと歩くが・・・、行けども行けどもそれらしき雰囲気が出てこない!
当たり前だ! まったく逆の方向に歩いていた。 まあ、いいか!と本日の午後は金沢港で時間つぶし。
本日の歩数:約 16,623歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:13,773歩、9.22Km
2日目(2011.6.8) はれ <小学生からインタビュー&西三川ゴールドパーク> 佐和田のいせや泊
6:08 金沢駅発「はくたか」に乗車。
7:51 直江津駅着。 直江津港までウオーキング30分。

9:30



12:10

直江津港で乗船、2時間40分〜小木港。
この航路は直江津港から海上・小木港へそして陸上・佐和田から両津港を経て海上・新潟港へと結ぶ国道350号線となっている。

船では長岡から来たという小学校の修学旅行生が豊岡氏にインタビュー。
彼は「9日間でこの佐渡島を歩くんだ」とか「百名山に登った」とかいろいろ答えていた。

国道350号線の航跡

修学旅行生たちと

国道350号


12:20

西三川ゴールドパークまでバスに乗る。
本来なら今日の早朝から一日中ウオークの予定なるも、JRのサンダーバードが8分遅れたためにこんな結果になった。

小木港のおけさ踊り

砂金採り、初級コース

ゴールドパークでは食事をし、入館料700円を支払い館内見学の後30分ほど砂金採りを楽しむ。
砂金の欠片6〜7片も掬えた。 これで今後の老後生活は安心だ、いつでも大金に換えられる。

14:18

砂金採りを終えて、いよいよ本格ウオーキング。

しばらく行くと道端に大きなわらじ。
説明板によると【昔から“はりきり(春来)”の行事として正月に大わらじを作り、集落の両端に飾る風習が残っています。 或るとき賊がこの部落に入ろうとしたが、この大わらじを見て「こんな大わらじを履く大男がいては叶わない」と、逃走したといわれています。 疫病や悪人避けの一種の道祖神です。】と。

倉谷の大わらじ
14:53
その先にはこんな看板も。

拉致被害者ジェンキンスさん

民宿いせやの別館

18:20

今日のお宿「いせや」着。
佐和田地区のこのお宿、最近近くに大きな病院が出来るとかで工事関係者で満員の状態。
従業員には多国籍方も何人かいて、夕食時お相手してくれたのは上海の女性だった。
我々は別荘型コンドミニアムの家に泊まる。
 
 本日の歩数:約 31,242歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:50,275歩、33.68Km
3日目(2011.6.9) はれ <佐渡金山> 達者の岩百合荘泊

7:00


ウオーキングスタート。
真野湾の海岸沿いを歩く。 途中には鶴子銀山の案内板があり、東北電力の火力発電所あり、民家の軒下にはアジ(?)の干物あり。

鶴子(ツルシ)銀山の案内板

火力発電所

アジ(?)

11:00

海岸の岩場を見ながら歩くのもけっこう楽しい。
いせやの女将が「次のお宿相川へ行くのなら海岸を廻るより、県道31号線を行った方が早いですよ。
でも、海岸の風景はきれいですが・・・」と言っていた通り七浦海岸の景色は良かった。

真野湾の岩場

七浦海岸の夫婦岩

海岸のハマナス

イカの一夜干し

12:30

相川の町に入り、コンビニで弁当を買って昼ごはん。昼食後、佐渡金山目指し坂道を登る。
1601年の佐渡金山の開山に伴い、佐渡は幕府直轄の天領(幕府の直轄地)となり、
相川に奉行所が置かれたという奉行所跡を横目にさらに金山への道を登る。
途中、「京町通り」とか「大工町通り」とか古い町並みが残されていてそれなりに風情が感じられる。

金山への道を確認する

佐渡奉行所跡

古い町並み

道遊の割れ戸
上の写真の「道遊(どうゆう)の割れ戸」は露天採掘で山頂から真っ二つに断ち割ったという壮大な採掘跡。

14:25

入場料800円を支払い、坑内見学約30分。 坑内は涼しい、気持ちがいい、気温は年間を通じ10℃前後とのこと。

坑内をもぐる

人形で当時を再現

コンピューターで制御されている人形が「ああ、酒が飲みてえなあ」とか「ああ、女に会いてえなあ」とか言っているのには参ったね。
それほど過酷な労働だったということが言いたいのだろう・・・。

そもそもこの佐渡金山、ここまでくる途中で看板を見かけた「鶴子銀山」の山師が慶長6年(1601)に発見したものだとか。
14:55


金山の見学を終えるとまた来た道を引き返し、相川の町に戻る。
そこから海岸沿いを進むと、小雨が降ってきた。

そろそろ、足にマメが出来だした。少々痛い!

小雨が降ってきた

16:40

岩百合荘に到着。

この宿の亭主、本職は漁師だそうで夕食に出した魚には絶対の自信を持っていた。
ずいぶんたくさん食べさせられたが、なんと言っても「カワハギの肝でカワハギの刺身」がサイコーだった。
泊り客は我々のみ。 「今年は東日本大震災のお陰でさっぱり客がない」と言っていた。
 
本日の歩数:約 46,360歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:45,535歩、30.5Km
4日目(2011.6.10) はれ <料理攻め> 関の国民宿舎海府荘泊

7:00

岩百合荘スタート。

この地区を「達者」と称するが、
【この珍しい地名は安寿と厨子王伝説にまつわる盲目の母と厨子王が達者で再会した地として、ここを訪れた人々に一層印象深くしております。】と。

岩百合荘をスタート
8:49






平根崎。

海岸沿いを進む。岬を通るときは坂道のアップダウンになる。

休み休み進む。
休んでいる時間はあっという間だが、歩いている時間の長いこと!

平根崎

平根崎
13:40




清水寺。

この佐渡でも新四国八十八ヶ所としてお遍路をする人がいるようだ。

この寺の水は名前の通りおいしい水で遠くは九州から名茶水として
又、知恵水としていただきに来るとか・・・。

佐渡新四国38番札所 清水寺

14:30

海岸沿いを歩き、途中おばさんに「国民宿舎はどう行けばよろしいか?」と尋ねると親切に教えてくれたのはいいが「大船ケ岬の山の上の国民休暇村」を教えてくれた。そこはオートキャンプ場もあるようだ。
その方向に進み右手の山を見、あの山まで登らねばならないかと少々ビビル。「えらいこっちゃ」と地べたに座り込み休憩。

そして念のため国民宿舎「海府荘」に電話すると、我々が座り込んでいるその先に「海府荘がある」という。
「国民宿舎は?」と聞いたのが、彼女は「国民休暇村」と勘違いしたようだ。 助かったあ〜〜。
15:40







海府荘に到着。

海岸前の海府荘

夕食風景

ここでの夕食も「これがヤマボシカレイです。これがフグの白子焼きです。これがホウボウです。これがヒラメです。これが寒鯛です。これがフグです。」
等々次から次へ出てくる。 さらにフグの小判焼き、鯛の潮蒸し、フグのから揚げ・・・。

この料理攻めには参った〜あ〜〜。

泊り客は我々のほかには数名の1グループのみ。
 
本日の歩数:約 42,967歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:41,400歩、27.73Km
5日目(2011.6.11) くもり <喜びも悲しみも・・・> 藻浦の山本荘泊
7:15
海府荘スタート。

スタート
8:30




1時間歩いて後ろを振り返ると、出発点が霞んで見える。

間違っていればあの山の上まで登っていたのか!

大野亀に向かう道はアップダウンの繰り返しでかなり苦しい。
足の親指裏が痛い! 困ったこっちゃ。

大船ケ岬
11:00
前方に「大野亀」が見えてきた。

前方に大野亀
11:20




大野亀に到着。

大野亀ではいまカンゾウ(ユリ科)が真っ盛り!

明日はカンゾウ祭りだ。

大野亀のカンゾウ畑

大野亀のカンゾウ畑



1:30
大野亀から海岸に下りて遊歩道を進む。
前方に二ツ亀が見える。

賽の河原の前を進み、藻浦の山本荘に到着。

二ツ亀

賽の河原
17:30

18:30
山本荘でしばらく休憩・昼寝して弾崎(ハジキザキ)灯台まで散歩。

この灯台、佐渡の最北端に立つ。 
昔、佐田啓二と高峰秀子が「喜びも悲しみも幾年月」という映画の舞台になった所らしい。

この隣には「はじき野フィールドパーク」があり、ログハウスありキャンプ場あり、野外活動ゾーンだ。

弾崎灯台にて
18:30

夕食。

ここでも夕食の料理攻め!

夕食料理
 本日の歩数:約 34,999歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:32,574歩、21.81Km
6日目(2011.6.12) はれ <女難?> 住吉の寿月館泊
6:40
山本荘スタート。

夜明けの藻浦海岸

スタート

11:00

どうしても足の豆が痛くて歩けない。浦川というバス停で二人を見送りバスを待つ。

11:39に来るというバスを待っていると、前方から乗用車がやってきておとうさんが降りてきて「和木はどこですか?」とマロに尋ねる。
「和木は通り過ぎてますよ。バックですね。」と地図を見せながら教えてやり、なんだかんだ話していたら「和木まで乗っていきませんか」という。

では、とありがたく乗せてもらって和木からトボトボと歩く。

12:10

一人歩いていると、前方道際に軽自動車が止まっている。
その脇を通り過ぎようとすると車の中から「乗っていきませんか?」と声が掛かる。
見ると可愛い女性だ。「宜しいんですか?」と断り遠慮せずに乗り込む。

彼女30歳くらいと見た。 ピーチの冷たいジュースを飲ませてくれる。
玉崎の海岸に来ると「わたし、海辺を裸足で歩くの大好き!一緒に歩きましょう」とマロまで裸足にさせて海辺で戯れる。
ひと時の童心。

小学校の先生だという

裸足で童心に

「今カヤックにおぼれている。」とか「出身は小木だが三条市で小学校の先生をしている」とか住所・氏名・電話・メールアドレスまで教えてくれた。

そこまではいいのだが、今日は住吉温泉に泊まる予定だというと「それなら・・・」と住吉温泉を通り過ぎて、加茂湖のはずれ「本間家能舞台」でほっぽり出された。

13:20

本間家能舞台の位置関係があまりよく分からないので、駐車場に止まっている軽自動車のお嬢さんに「ここはどのあたりですか? 住吉温泉の寿月館は歩いてどれくらいですか?」と尋ねると「歩きですか?大変ですよ、乗りませんか?」とこれまた親切に乗せてくれる。 やはり30歳前後と見た。
感謝の気持ちを見せながらありがたくご好意に甘える。 今日は久しぶりに若い女性に恵まれた。

本間家能舞台跡

彼女、親切に住吉温泉「寿月館」まで乗せてくれた。 ありがとう。

13:45

寿月館では時間は早いとは思いながら「こんにちわ〜」と入っていくと、亭主が寝ぼけなまこで「チェックインは3時からだよ」と不機嫌だ。

「すんません、ちょっと荷物だけ置かせてください」と頼むと、「いいよいいよ」と言いながらなんだかんだと話し始めた。
この宿は温泉の源泉だとか、9月の17日には東京のエコジャーニクラブが2日間佐渡一周ウオークをやり、当寿月館が中間休憩所だとか・・・。
この佐渡一周200Kmを2日間で歩くわけだ。 恐れ入るね。

寿月館

15:00
15:50

寿月館から両津港方面へ埠頭まで豊岡・藤原氏を迎えに行く。
全員寿月館に到着。

亭主が自慢するだけあって温泉は気持ちいい! 三度入った。
本日の歩数:約 38,641歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:50,275歩、33.68Km
7日目(2011.6.13) はれ <トキ〜版画の村> 両津大川の津島荘泊

8:00

9:00

早朝お風呂に入り朝食後、寿月館の車で「トキの森公園」へ。

トキの森公園

クロトキ
公園は想像していたより随分小さかった。
ホンモノのトキは大事にされて遠くの方のケージで保護飼育されていた。双眼鏡でしか見られない。
寿月館の若亭主いわく「バッタモンのトキはすぐそばにいるけどね」・・・クロトキとか他のトキは“バッタモン”だって・・・。
9:00

トキの森公園から今日のウオーキングが始まる。
途中、牛尾神社という神社では今日がお祭り日だ。

牛尾神社
11:00 寿月館に預けておいたリュックをもらい、足のマメを手入れして、歩く。
12:00 途中の河崎農協でビール・弁当を買い求め、店の前で食事。
15:00




両津大川の民宿津島荘に到着。

ここ大川地区は版画の町だ。

町全体が美術館で家々の壁には壁画が飾られている。

民宿津島荘

家の壁に貼られた版画


夕食までの間、宿の前の神津島神社へお参り。




今日は足のマメが痛かった。
泊り客は我々以外に関西からの男性グループ3人が観光で来ていた。
その3人と豊岡氏は夜遅くまで盛り上がっていたようだ。
本日の歩数:約 30,636歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:26,347歩、17.65Km
8日目(2011.6.14) はれ <屋号の町> 筵場の東泊
7:00

豊岡・藤原両氏がスタート。

ワタクシはあとから来るバスで赤玉まで行く。

スタートの二人を見送る
7:50

赤玉から一人で歩く。

村名の「赤玉」は銘石赤玉石が産出することから付けられた、と。

赤玉石等
10:57






松ヶ崎、鴻ノ瀬鼻(コウノセバナ)灯台。

この灯台付近は古くから鴻ノ瀬と呼ばれてきた。
これは松ヶ崎が王朝時代に定められた国の津(港)であり、北陸道松崎駅の所在地でもあって、国府の出先機関が置かれていたことから、国府の瀬(コウノセ)と呼ばれたのが始まりとされている。

したがって国司も役人や流人たちも、皆この港から出入りした。流人の日蓮や観世元清(世阿弥)も、この港へついてここから山越えをして国仲へ出たのである。・・・

鴻ノ瀬鼻灯台

11:40

松ヶ崎を過ぎ多田(オオタ)の町に入るとここは「屋号の町」。
家々にはそれぞれの屋号が貼り付けてある。




上の「井戸端」さんの家には昔、伊能忠敬が佐渡の町の測量で訪れてきたときの宿舎にした、という。
12:38











三助・お菊の銅像」。

天智天皇(西暦668〜671)の頃、四国土佐の国の農夫、永楽又兵衛のせがれ三助は、継母にいじめられ佐渡へ流されることになった。
このことを聞いた三助の実母は大変に悲しみ、ひそかに籾3升に鋤、鍬、鎌などを添えて与えた。三助はつつがなく佐渡の国多田海岸に着いた。

またその頃、小木棹崎に加賀の国から流されたお菊という女がおりそのお菊と三助が出会った所がこの地で、地名を「逢田」と呼び、中世には、「大田」となり、今は「多田」となっている。

こうして三助・お菊はめぐり逢い夫婦となり、実母からもらった籾を蒔いて稲作りを始めた。
これが佐渡の稲作の始まりといわれる。

三助・お菊
13:00


多田トンネルの前で豊岡氏に追いつかれた。

よほど調子がよいのかワタクシの倍の速さで歩いてきた。

多田トンネル
14:00



筵場の「東」に到着。

しばらくしたら藤原氏もやってきた。

東のお庭
藤原氏の足裏はマメ、甲の部は皮膚がずるむけ!
強烈に痛そう! よく歩けるね。
本日の歩数:約 26,561歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:41,080歩、27.52Km
9日目(2011.6.15) はれ <佐渡最後のウオーク> 
4:30 夜明けとともに豊岡・藤原両氏は朝飯弁当を持って出かけた。
7:19 足のマメを我慢できないマロはあとでバスで追いかける。 せめて羽茂から歩こうか!
8:30
殆ど同時に小木港に着いた。

終着小木港

小木港のたらい船
10:20 フェリー、小木港発。
13:00 直江津港着〜バスで直江津駅〜直江津駅〜金沢駅発16:01サンダーバード〜〜19:40自宅着。
本日の歩数:約 10,574歩。 藤原氏の歩数計による歩数と距離:28,807歩、19.3Km
6/7 6/8 6/9 6/10 6/11 6/12 6/13 6/14 6/15 合計
藤原氏の歩数計 13,773 31,388 45,535 41,400 32,574 50,275 26,345 41,080 28,807 311,177歩
藤原氏の歩行距離 9.22 21.02 30.50 27.73 21.81 33.68 17.65 27.52 19.30 208.43Km
マロの歩数計 16,623 31,785 46,360 42,967 34,999 38,641 30,636 26,561 10,574 279,146歩
・梅雨時の真っ盛りの9日間、殆ど雨に逢わず(一度だけ少し小雨があった)サイコーの日和でした。
・マメにやられて完歩出来なかったのは残念でした。(お二人は良く頑張りました)
・さすがに佐渡島!毎夜毎夕の料理攻めには参りました。
・ウオーキングの町々家々にはお花がきれいに植えられていて、花を愛する町だなあとの印象を受けました。
・カンゾーの花畑!サイコーの時期でよかったね。
・小学生のインタビューは可愛かったね。
・女難(?)も思い出です。