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 2006.5.12〜14
第43回目 熊野古道-2 
  
参加者:38名
1日目
(5月12日)
八鬼山越えコース=標高627m=10Km
向井バス停→尾鷲節歌碑→登り口→駕籠立場→九木峠→三木峠→さくらの森→三木峠→明治・江戸道合流点→名柄一里塚→三木里駅
2日目
(5月13日)
曽根次郎・太郎坂コース=4.9km
賀田駅→登り口→甫母峠→二木島駅
二木島峠〜逢神坂峠コース=4.1Km
二木島駅→登り口→二木島峠→逢神坂峠→新鹿駅
羽田須〜大吹峠コース=4.8km
新鹿駅→羽田須神社→登り口→大吹峠→大泊駅
3日目
(5月14日)
松本峠(標高135m)〜花の窟コース=9Km
大泊駅→登り口→松本峠→登り口→花の窟→有井駅
2006.5.12から2泊3日で熊野古道を38名で歩いた。前回の2005.10にツヅラト峠・始神峠・馬越え峠等を1泊2日で歩いたその続き。
そのときは59名の参加者だったが今回は38名。(なんでこんなに減ったのかな?12日が平日の金曜日だからなのか?)
5:30 起床。
6:30 自宅スタート。
8:00 大阪駅をバスでスタート。
古谷氏よりご挨拶、いろんな説明あり。今回の参加者の平均年齢は67.9歳。男性は69.2歳、女性は64.8歳とのこと。
バスの中では鈴木さんと同席させてもらう。彼女、「先の5月7日の大雨の中を京都・北山トレイルを歩いた」「赤目から桜井のコースを1泊2日で歩いた」等々の話をしてくれる。ものすごい健脚ぶりが伺える。四国遍路も一部やっているようで、共通の話が出来て楽しい。
9:45 大阪から名阪道路を走り、安濃でトイレ休憩。
この日の天気予報では「雨」の文字はなかったのにバスの窓には雨粒が当たってきた。
11:30 向井バス停に着く。雨のため昼食の場所がなく、バスの中での昼食となる。
全然雨は止みそうになく皆それぞれカッパをまとう。
12:15 尾鷲節歌碑を経て登り口。

尾鷲節歌碑
「ままになるなら あの八鬼山を 鍬でならして 通わせる」

八鬼山越えコース登り口
登り口に上のような石があると「どんなところだろうな」と期待が膨らむ。
鍬で道をならさないと通えないほどの道だったのか?恋する男女が会いたくてもこの難所道のためなかなか会えない、その辛さを想像する。
熊野古道の説明書には「巡礼たちから石の上を歩く西国一の難所と恐れられた標高627mの岩山。石畳道の傍らには地蔵形の町石34体がたたずむ」とある。
昔多くの巡礼さんの中には行き倒れになる人もあったとか・・・。
雨のため石段がとても滑りやすい、足元に注意しながら登る。
14:25 途中、八鬼山荒神堂がありここでスタンプを押す。
明治・江戸道の分岐点を経てさくらの広場(標高652m)に着く。天気がよければ見晴らしの良いところだろう。
今日は雨と風のためにとても寒い。

さくらの広場
下り道は明治道組と江戸道組に分かれる。たまたま明治道組19名、江戸道組19名。
雨のため石段がよく滑る。神経を尖らせて注意しながら下りる。誰かさんは4回もスッテーン。2回滑った人も2人いた。お尻は大丈夫かな?
16:10 合流点で明治・江戸組が合流。時間は殆ど同時。
ここからどんどん下るとこの古道のユネスコへの「世界遺産」の登録にあたり、名柄町住民が反対した痕が生々しい。
林業で生計を営んできた人たちが世界遺産に登録されたために自分たちの森を自由に伐採できないのか?

森の木に「反対」と

世界遺産反対
17:00
名柄の駐車場に下山了。
竹中会長、30分後に福本氏に付き添われ到着。

山から下りた海のきれい
18:30 かんぽの宿「熊野」に到着。温泉にゆっくり浸かり疲れをとる。
19:30
夕食。
立派な会席料理。殿護氏の差し入れの焼酎「いいちこ」もありがたい。
2日目、2006.5.13、この日は朝からどしゃ降り。
朝風呂に入り英気を養う。風呂では谷沢氏が声を掛けてくれた。彼は「彦根・八坂」に疎開していたことがあり、オイラの「中藪土橋町」を知っていた。
雨で靴の中が濡れるので、コンビニの買い物袋を細工して靴カバーを作る。これはお遍路のときにもとても役に立った。荷物にならないし防水効果は100%。
7:15 朝食、バイキング。バイキングはどうしても食べ過ぎになるのでたくさんとらないように注意する。
8:00 バスで出発。
9:00 雨のため6〜7名の観光組が出来た。
登山組は登り口からスタート。
曽根次郎坂・太郎坂は自領(志摩)と他領(紀伊)がなまって次郎・太郎となったんだと。その自領と他領を分けた甫母峠(ほぼとうげ)を目指す。
登山道を歩き始めるとすぐにイノシシを防ぐため「猪垣」が築かれている。

曽根次郎坂・太郎坂登り口

猪垣
9:50 甫母峠着。ここは昔ほうじ茶屋があったところだと。
雨はあいかわらず激しい。
下り道にかかるころから中道氏の足の調子が悪くなる。昨日から今日にかけて雨と石段に神経をとんがらかせて足が突っ張ってきたか。「いらない」という竹の杖を無理やり持ってもらう。やはり下り道には杖は無いよりはあったほうが楽みたい。
11:25 二木島に下山了。
神武東征伝説で「二木島は神武天皇が上陸したところだと伝えられています。熊野灘で嵐に遭い、二人の兄を亡くしますが、神武天皇はここから大和に入り、朝廷を開いたといわれます。」と。
港のセリ市場の屋根の下を借りて昼食。屋根があって助かった。
昼食にはかんぽの宿が作ってくれたお弁当(おむすび4つ)。おかずが無いから食べきれない。一個残した。
11:55 昼食後、二木島をスタート。
中道氏と女性二人は電車に乗ることになった。
スタートして駅のそばで車道と古道のちょっとした道間違いがあった。
12:45 二木島峠着。
13:10 二木島峠から小さなアップダウンを繰り返すと逢神坂峠。
下り道には怖いところがある、と福本氏。逢神にかけて狼が怖いのかと思ったらやはり古道の案内書には「昔狼が出た」と書いてあった。
狼も怖いけれど雨の石段も本当に怖い。一段一段気をつけて下りる。スッテーンと滑った人約1名。
14:00 新鹿(アタシカ)に下山了。トイレ休憩。
14:10 新鹿駅スタート。
14:50
羽田須の西行松。

西行の松説明板
平家が天下を思うがままに治めていた平安時代末期、武士から出家して諸国を通過、「山家集」「新古今和歌集」などに数々の歌を残した西行はこの地にも訪れ、この松の木の下で一服したそうです。その頃から自然とこの松のことを西行松と呼ばれるようになった。
「羽田須通れば名所がござる西行法師の帰り松」・・・。
15:10 羽田須に下山了。
この付近、「徐福の宮」があり、2200年前、中国より不老不死の薬草を求めて日本に渡来したという中国人が徐福です。その上陸地が羽田須であるという伝説があります。その墓と言われている墓石と柱が海岸近くにあります。

徐福の名を借りた茶屋
国道を歩く。山歩きはこれで終わりかと思いきや、もうひとつ「大吹峠」があった。
羽田野氏「ヤケクソだ。あとふたつでも三つでも登るぞ・・・」と。本当にヤケになるほどよく雨が降る。
15:30 大吹峠登り口。
15:45 大吹峠着。
16:10 下山了。
16:20 国道を歩いて大泊駅。大泊は東紀州ではめずらしい白砂の海岸で夏には海水浴客で賑わうとのこと。
16:40 大泊からバスでかんぽの宿に向かう。
今日のコース、12kmとなっているが、7時間以上も歩いてわずか12kmとは?どうも納得がいかない。
かんぽの宿着。
3日目、2006.5.14、最終日。
8:00
例によって8時にバスは出る。霧雨が降っている。お隣の鈴木さんほか何人かはスパッツを着けたり雨具を着たりしている。オイラは傘だけかばんに入れる。
竹中氏・殿護氏はバスに残ったみたい。
8:25 登り口。どうも傘も要らないようだ。

松本峠登り口
8:40 松本峠に着く。
8:55
下山了。これで今回の「おやま」はおしまい。
ここから浜街道を歩く。目指すは「花の窟」


9:15
獅子岩。

獅子岩

獅子岩


9:30
花の窟着。
神代の昔から花を供えて祭るので花の窟という、と。

花の窟

花の窟神社
途中、「七里御浜」=熊野市木本の鬼ケ城の南入り口から、鵜殿村まで約25kmにわたって広がり、吉野熊野国定公園に指定されている七里御浜は「白砂青松100選」「21世紀に残したい日本の自然100選」「日本の渚100選」にも選ばれた三冠に輝く浜です。
この浜を鈴木さん一人で歩いた。浜辺の波打つ音を独り占めしてきたと、うらやましい。

浜を歩いた人
11:15
道の駅で昼食。
名物さんま寿司と缶ビールで約500円。さんま寿司は入り口で買えば600円、その奥では500円、もうひとつ奥では298円。ワタシは298円のヤツ。
12:45
熊野速玉大社着。
今回のウォークの無事を報告。ウォーク終了。

熊野速玉大社

集合写真
13:00

速玉大社をバス、出発。
バスの中では小林氏の話題の豊富さに前後の席に座っている人、感心シキリ。
羽田野氏の頓知に周囲の女性陣笑い抱腹。
18:00
バスは大阪駅に到着。
運転手さんお疲れさん。
3日間にわたり幹事役の皆さんありがとうございました。