2006.2.18(土) 
第39回  浪速文学散歩  12Km 
コース:南御堂→内本町→中大江公園→安堂寺町→谷町7丁目→上本町西4丁目→生玉公園(昼食)→日本橋→法善寺横町→
国立文楽劇場前→口縄坂→じゃんじゃん横丁→地下鉄動物園前駅
2006.2.18(土)朝、パソコンの電源を入れてメールを見ると、八田氏からのウォーキングレポート(2/5高槻芥川コース分)が入っていた。
2月5日のレポートが少し遅いなあ?と思いながら読んでいると最後に「自転車に乗っていて事故にあった」との文言があった。
「お大事に・・・」との返信を入れて自宅をスタートした。
10:00 地下鉄本町駅で降車、南御堂への出口が何番出口なのか分からないので、駅の人に聞くと「8番出口が分かりやすいでしょう」と教えてくれた。
南御堂にはすでに大勢の人々が集まっている。後で聞いたことだが本日の参加人数は277名とのこと。
コース説明をしているが、耳の悪いワタシには全く聞こえない。
こんなところではマイクも使えないのだろう。

南御堂

南御堂
南御堂:
難波別院の前身、大谷本願寺が現在の地に移転、建立されたのは慶長3(1598)年。
慶長7(1602)年、京都烏丸七条に東本願寺として移転されてからは、大坂大谷本願寺
は難波別院(南御堂)となり、以来、西本願寺の津村別院(北御堂)と共に大坂の商人に
親しまれてきた。
10:15 南御堂、スタート。

「旅に病でゆめは枯野をかけまはる ばせう」の句碑が南御堂の本堂南側の庭園“獅子吼園”にある、との説明文で始まる小冊子「南御堂と芭蕉」(難波別院発行)を桑野氏に頂く。
ここ南御堂前の花屋が芭蕉終焉の地だと。
10:40 西鶴文学碑。
今日は天気は良いが、寒い。
10:50 宇野浩二文学碑。

歩いている途中、小松氏と並んで八田氏の事故のことを話し“保険”について尋ねた。
「オイラの山岳会で死亡事故があったとき、“保険”が適用された。八田氏の場合はいかがですか?」と。
「労災の場合は通勤途上も認められるが、当ウォーキングの保険の場合はどうだか調べてみないと分からない、早速調べてみる」と。
11:30 近松門左衛門の墓。

大阪の市街地ウォークは信号が多くて役員の方の気苦労も大変だ。なにかあれば団体としての連合の責任も絡んでくる。

そんな中であまり慣れていないリーダーさんと思われるが、我々ウォーカーの信号が「青」なのに横から交差してきた自転車(そちらは「赤」)のために我々ウォーカーを止めたり、我々の「青」と平行して左折しようとする車の「青」との整理で、我々を止めようとしているのか車を止めようとしているのか判然としない場面が見られた。
自転車の「赤」のために我々の「青」を止めることはないし、我々も車も「青」の場合は、どちらを止めるにしてもハッキリ両手を広げて停止させてほしかった。
11:40 井原西鶴の墓。

誓願寺内の西鶴の墓
12:00 生玉公園、昼食。
午後になってようやく暖かくなってきた。
13:10 昼食を終えると道頓堀ぐるっと一周して法善寺横町。

法善寺横町

法善寺横町
14:00 動物園前駅で解散。

タイトル通り松尾芭蕉・井原西鶴・宇野浩二・直木三十五・近松門左衛門・武田麟太郎・薄田泣菫・小野十三郎・織田作之助・谷崎潤一郎・林文子等の文学散歩だった。

北口氏・福本氏等で反省会、と思っていたが福本氏の姿が見当たらない。北口氏と探したが分からないので近くの一杯屋に入る。
大勢のため2テーブルに別れ、こちらは中村・長谷川・北口氏とオイラの4名。
あちらは桑野・三好氏ほか男女多数、お名前不詳。
16:00〜20:00 例によって碁会所を探して北口氏と1局、2局、3局。
本日の歩行数:23,558歩。