2006/1/26 
    第37回 観音峰1208m
2006.1.26(木)羽田野氏のお誘いで歩け歩け連合の有志9名と大峰山系観音峰を歩いた。
メンバーは羽田野・井村・西村・志賀・鈴木・東脇・村田・古谷・清水。
5:00 起床
7:12 生駒駅
8:00 橿原神宮前駅で8:30発の電車をホームで待っていると井村氏がやってきた。
8:30 阿部野橋からの吉野行の電車に乗り込むと羽田野氏ほかのメンバーが乗っている。
途中「福神駅(ふくがみえき)」の駅名を見て羽田野・志賀・村田氏が「福神漬け」に関連付けて冗談を言い合っている。

9:06

9:15
下市口駅に着き、バスを待つ間それぞれトイレ休憩。
バスの切符を買う。(1200円)
ここでは雪は全くない、がバスの運転手は黒滝の道の駅でタイヤにチェーンを装着するという。

10:00 道の駅「吉野路黒滝」で予定通りタイヤチェーン装着。

道の駅「吉野路黒滝」
10:30 バス乗車およそ1時間半で登山口に着いた。登山口に着いているのにバスは通過してバス停まで行く。
やむなくバスを降りて登山口まで歩いてバック。
スタートにあたりアイゼンを装着する。

バス停から登山口まで雪道をバック

バス停から登山口まで雪道をバック
10:50 アイゼンを装着していよいよスタート。
井村氏がアイゼンを忘れたらしいが、幸いにも東脇氏が予備を持っていてOK。
志賀さんと小生以外はみな軽アイゼン。

登山口からの吊橋を渡る
11:40 休憩所で小休憩。
暑いのでアンダーウェアー1枚脱ぐ。
登山客一人が下山してきた。

12:10

12:40
観音峰展望台で昼食・休憩。
オイラはお湯を沸かしてカップヌードルとおむすび2個の昼食。
さすがに寒い。手袋をとった手がすぐにかじかんでくる。
下の写真の「観音峰展望台」の石の回りには周囲360度の山々の名前が「行者還岳」「山上が岳」「稲村が岳」「彌山」「鉄山」等々と示されているが、今日の曇り空では全く見ることが出来ない。

観音峰山頂

標高1208m


日本中を駆け巡ったといわれる「役行者」ですら、尻尾を巻いて還ったという「行者還岳」から役行者について・・・

 行者は西暦634年に奈良県葛城山の麓、現在の御所市生まれた。
若い頃より大峯山系、箕面、生駒山系などで修行をし、最高の法力
(大峰山への途上に「法力峠」あり)である孔雀明王の術を会得、金峯山(きんぷせん)においては蔵王権現を感得、また現在の生駒山系鬼取り(生駒市鬼取町という地名は今でもある)では二人の鬼(前鬼・後鬼) (小生のホームページ「漫歩マンの珍名字典」その他の項「後鬼助」参照・・・検索⇒漫歩マンの珍名字典
を退治し改心させて家来とする。

 そして、修行により会得した能力を使い多くの庶民をすくい敬われ支持されるが、あるとき弟子でもある一言主神(韓国連広足)の文武天皇への讒言(ざんげん)により伊豆島へ配流される。行者は空を自由に飛ぶことができたので、捕まえることはできなかったが、お母さんを人質にとられて自ら出頭した。
(大峰山登山口には母公堂が祀られている)

 その後、行者の無実と多大な功績を知った文武天皇は、配流を解く。
茅原に戻った行者は、元通り修行を続けるが、最後は年老いたお母さんを鉄鉢に乗せ五色の雲に乗り西方へ飛び去り、唐に渡ったと伝えられる。
そして後年、その偉大な功績が認められ後の天皇より『神変大菩薩』の称号が与えられた。

メシを済ますと早々に退散、下山。
13:40 下山途中に一組数人のパーティーに出会った。
帰りは殆ど休憩なしで1時間でスタート地点に帰り着いた。
ここでアイゼンをはずして洞川温泉まで約40分車道を歩く。
圧雪の上を滑らないようにこわごわ歩くが、誰かさんはスッテーン。

14:30 洞川温泉着。
バス停前の食事処「みやそい」で熱燗一パイ。
店主いわく「今年雪は最高で1.3m積もった」と。

洞川温泉着

洞川温泉着
14:55 帰りのバスに乗り、16:09下市口に着き16:25の電車で帰途に着いた。
羽田野様ご案内ありがとうございました。2月4日には再度登らせてもらいます。
18:30 自宅帰着。
本日の総歩行歩数:20,000歩、歩行距離:約14km。