2012.10.8(月・祝)
 秋の伊那佐山 W(15Km) レベルB
近鉄榛原駅〜墨坂神社〜伊那佐山〜八咫烏神社〜近鉄榛原駅
集合場所まで=670円 生駒駅
 西大寺駅 ⇒  八木駅  ⇒

榛原駅
8:44  8:52-8:55 9:25-9:34 9:49
10:00 前回の大和川ウオークは台風のため欠席したので今回はおよそ1ヶ月ぶりの「浪速歩け・・・」だ。
参加者は48名とのこと。

「昨日まで福岡の100Kmウオークに行って来た」 という猛者も平気な顔をして参加している。
桜井リーダーのコース説明のあと、すぐにスタート。
10:11



 市街地をチョット歩き、宇陀川を渡ると墨坂神社。

崇神天皇の時、神々が荒れたので、大和への東の入り口にあたる当地の墨坂の神に赤色の楯矛を祭り、西の大坂の神に墨色の楯矛を祭ったと言う。
 
墨坂神社
10:26
 墨坂神社からまた10分ほどで宇太水分(うだみくまり)神社。 

ここから徐々に登り坂になって行く。

最近朝夕冷え込むので厚手のシャツを着てきたのは失敗だった。

暑い暑い!

宇太水分神社 
   道端のビニールハウスのシクラメンを見て、山道に入るとアケビ、ムカゴが沢山なっている。

育成中のシクラメン 

 木に成るアケビ
 
誰かさんが、お供えしたアケビ
U氏、M氏の目の早いこと!手の早いこと!
あっと言う間に沢山抱えている。
11:30



12:00
ふーふーいいながらみんなの後を付いていき伊那佐山(637m)で昼食、30分。
 
都賀那岐神社

神武天皇の歌碑 
 地元の人から「山路岳」と呼ぶこともあるこの山は、古事記・日本書紀にも登場する由緒ある山なのです。
 山の頂上には式内社・都賀那岐神社(つかなぎ)が鎮座しておられ、その社殿の横に歌碑が建っています。歌碑には次の通り記されています。

「楯並めて 伊那瑳の山の 木の間ゆも い行き瞻らひ 戦へば 我はや飢ぬ 島つ鳥 鵜飼が徒 今助けに来ね」
(たたなめて いなさのやまの このまゆも いゆきまもらひ たたかへば われはやえぬ しまつとり うかひがとも いますけにこね)

 古事記に由来するこの歌は神武天皇が東遷の際、この地に至って鵜飼いをしていた人に食べ物を持って来て欲しいと要望する内容ですが「戦闘に協力せよ」という意味にも採ることが出来そうです。


12:28
 午後は急坂を下る。 注意しろと言われてはいたがスッテーン、スッテーン2度。

そして沢城跡。 高山右近も幼い頃ここで過ごしたというが、今は なんにもない!
 
城跡
 
イノシシの罠
12:47
 更に下って行く。途中イノシシの仕掛けを見ながら文祢麻呂(ふみのねまろ)の墓。

672年壬申の乱の中で大海人皇子(おおあまのみこ)(後の天武天皇)に当初から従い、一軍を率いた将軍として活躍した人物とのこと。

きれいに掃除されている。

文祢麻呂の墓

文祢麻呂の墓
   あとは歩いてきた伊那佐山をバックに見たり、道端の栗の実を見たりしながら下っていくと、
 
大きなキノコ
 
栗の実
 
歩いてきた伊那佐山
14:00




 八咫烏(やたがらす)神社 。
 
八咫烏神社

建角身命(たけつぬみのみこと)とは伝承によると、神武天皇が大和へ東遷する折、熊野の山中で停滞する一行を大和へと道案内し、天皇の勝利に貢献した「八咫烏」の化身と伝えられています。
近年はスポーツの勝利や安全の神社として名を馳せ、境内にはヘディングする八咫烏像があります。


15:00  八咫烏神社から約2.5Kmを歩いてゴールの榛原駅着。

16:00
 駅そばの公園で有志15名の反省会。
 
お疲れさんでした。
  参考: 菟田野は、古来より水銀が産出することで有名で、近年まで大和水銀鉱山がありました。ちなみに水銀とは、古語でいうところの「丹」です。
  本日のドアtoドアの歩数:約 31,313歩。