2010.12.19(日)  
南河内古墳群
浪速例会:(17Km)//参加者:92名
集合場所まで
710円
生駒駅
快速
鶴橋駅 天王寺駅 阿部野橋駅
準急
河内松原駅
8:51 9:06〜9:11 9:16 9:24 9:33
コース:河内松原駅〜柴籬神社〜大塚山古墳〜大津神社〜辛国神社〜仲哀天皇陵〜野中寺〜峰塚公園〜
任賢天皇陵〜アイセルシュラホール〜鉢塚古墳〜葛井寺〜津堂城山古墳〜雄略天皇陵〜河内松原駅

9:13

鶴橋駅のホームで次の電車を待っていると、“関西・・・”の佐藤さんが声を掛けてくれた。
一緒に電車に乗る。

「今日は他の会のウオークがないからきっと大勢集まるよ」と言う。
その通り! 受付まで行くと大勢の人だ。 参加者に渡すコースマップが足りないくらい!
結局92名。(今までの記録は今年2月の大阪城観梅ウオーク=82名)
9:45


早めに集合駅に着いた。

今年初めて「コマエ・ヒラリン」が来ていた。

河内松原駅前にて

10:05

本日のリーダー、藤原氏のコース説明の後ウオーキング、スタート。

今日は暖かい。 着ているオーバーはすぐに脱いだ。
10:15 柴籬神社。
10:24





大塚山古墳。

周濠を持つ巨大な古墳だ。

これだけの古墳なのに安閑か欽明天皇陵か?
との疑問符の付く陵墓参考地とのこと。


10:53

大津神社。

当地区は羽曳野と言い、これは東の古市の白鳥神社の縁起に、「白鳥(ヤマトタケルノミコト)は舞い上がり、
埴生の丘野を羽を曳くようにして飛び去った」とあるとのことに由来。

元来この地方に応神天皇の御代来朝せる百済系貴族の文化人が開拓せし地にて
船、葛井、津氏の一族が広く居住し河内文化の向上、繁栄に寄与され古記録にある故
おそらく津氏一族の氏神としてこの地を創建されたのが当大津神社の起源であろうと言うのが古くより一致した説である。


大津神社

11:30

第14代、仲哀天皇陵。

仲哀天皇の父親は日本武尊、皇后は神功皇后。

仲哀天皇陵

仲哀天皇陵

11:42

蘇我馬子が建立したという、野中寺。

野中寺:「上之太子」叡福寺、「下之太子」大聖勝軍寺とともに三太子の一つに数えられ、「中之太子」と呼ばれている。
境内に残る礎石から、飛鳥時代〜奈良時代前半には大規模な伽藍が存在したことは明らかで、
渡来系氏族の船氏の氏寺として建てられたという説もある。


野中寺

野中寺

境内にある石棺

塔跡
12:00

12:40
峰塚公園で昼食。

峰塚公園

13:08

アイセルシュラホール。

この施設は、子供から老人までが利用できる藤井寺市の生涯学習センターです。
建物の外観は、市内から出土した古代の木ぞり「修羅」と、古代船の埴輪の形を組み合わせた姿をイメージしたものとなっています。


アイセルシュラホール

13:14

辛国神社。

当社は今から千五百年程前、雄略天皇の御代に創設された神社で、平安時代には官社となり、
式内社として人々の尊信を集めてきた神社です。

辛国神社

13:15

紫雲山、葛井寺。

河内の文化は、飛鳥時代より奈良時代にかけて発展し、
当寺葛井寺も百済(くだら)王族「辰孫王」の子孫王氏一族の『葛井給子』が当時の天皇の仏教興降政策に協力し、
国家のためと称して創建された。
 

葛井寺山門

葛井寺境内
13:43


津堂城山古墳。

藤井寺市にある前方後円墳。古市古墳群に属し、4世紀後半ごろに築造されたと推定されている。

津堂城山古墳
14:10
第21代、雄略天皇陵。

雄略天皇陵

雄略天皇陵
15:00

17:00

忘年会、会場「月の花」。 

会費3000円での飲み放題忘年会。 三木氏が先に来て待っていた。 彼も足が痛くてこの忘年会のみ参加。

この場で坂室会長より新副会長の指名有り。
坂室会長、大上戸・藤原副会長体制が確立!

会場「月の花」

忘年会
17:30

忘年二次会。

加藤、舩木、藤原、清水4名でお好み焼き忘年会。

お好み焼き
20:45
自宅着。
本日のドアtoドアの歩数:約32,858歩。