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   2005/4/16
 第17回  西大和路ウォーク  下見
2005.4.16(土) またまた大風邪を引いて鼻水ポロポロ、行くか?行かざるか?まあ、行ってみるか!てなことで本日のウォークに挑戦。
体調が悪いので体の変調を感じたら、即リタイアの予定で出かけた。
8:30 西大寺駅南出口集合、改札口を出る前のベンチに福本氏が座っている。
改札を出るとすでに多数の方々がいた。
8:30になると即、西大寺に向けてスタート。
8:35 西大寺では笹川リーダーの挨拶&思い思いに準備体操。
総員14名のメンバー。

奈良の東大寺は誰もが知ったお寺で参拝もしているが、ここ西大寺には駅の名前は知っていてもお参りした人は余りいないのでは・・・?

765年、称徳天皇が鎮護国家と平和祈願のため7尺の金銅四天王の造立を発願されたのが、当寺のはじまりである。
南都七大寺の一つに数えられ、当初は、110もの堂宇が立ち並ぶほど栄えた。平安時代に火災などによって一時衰退したが、1235年、叡尊上人が当寺に入寺して再興し、密・律兼修の根本道場として発展した。
現在の堂宇は1502年の火災で焼失したのちに、江戸時代に再建されたものである。


当寺の大茶碗のお茶会はテレビで度々放映される。
本番はここが集合場所になるとか・・・。
8:45 西大寺を抜け、少し歩くとすぐに秋篠寺。
「秋篠宮」はこのお寺から名前をもらったと聞いた。

奈良時代末期780年頃、光仁天皇の勅願によって建立され、開山は善珠僧正と伝えられています。
平城京西北の外れ「秋篠」の地に建てられたためこう呼ばれています。
平安時代末期に戦火のため伽藍の大部分を焼失し、鎌倉時代には今の本堂がもとの講堂の跡に再興されましたが、金堂や東西両塔の跡は雑木林になってしまっています。
本堂に25体安置されている仏像の中でも特に著名なのが伎芸天(重文)で、諸技諸芸の守護神として多くの芸術家や芸能人らに慕われ、またその造形の優美な写実性は古美術愛好家の間でも広く親しまれています。


お庭のコケが見事で「本番の梅雨時にはもっとすばらしいだろうなあ」と皆が言っている。
9:50 秋篠寺を過ぎて、少年院を左に見て中山町を秋篠川沿いに歩く。皆は川の右側を歩いたが、左側だと畑の横の道になるので車の心配がないのに・・・。
大渕池前の御嶽本宮でトイレ休憩。松柏美術館を右手に見て、奈良の高級住宅地登美が丘地内のコンクリ道を歩くと
10:25 長久寺。

富雄駅から両岸の桜が美しい富雄川を北に行くと真弓山長弓寺があります。
富雄の語源は「とびお」、とびは皇国神話にある金鵄ですが、若い人は殆どご存知ないでしょう。
長弓寺は聖武天皇が豪族真弓長弓が狩の流れ矢で死去したのを悼み、行基に命じ建てたと伝えられています。
現存の金堂は弘安2年(1279年)の建立、鳥の姿をした檜皮葺きの屋根、幾多の兵火を免れた金堂は、数少ない国宝に指定されています。

11:00 長久寺を後にすると、旧生駒以内へ入る「あすか野」の丘陵を登る。結構きつい。
オイラは鼻水がタラタラ流れ落ちてくる。足もつらいし、鼻水のため息も苦しい。
あすか野の峠に当たるバス停で小休憩。ここは生駒市の「運動公園」が目の前にある。
あすか野の坂道を下り、阪奈道路をくぐるところまでくると俵口町。オイラの家から10分。
11:50 近鉄生駒駅。ここ近鉄百貨店で弁当を買う人数人。
小松氏はここで静かにドロン。これから13名。
12:15 往馬神社で昼食。「予定より5分遅れているから12:45に午後の部をスタートする」と辰巳さん。

生駒コミニティセンターでトイレ休憩。

南生駒駅方面に歩いていると、関西棋院「小田浩光プロ」の親子連れに出会う。奇遇かな。たまたま井村氏と囲碁の話をしていたところだけに・・・。

南生駒駅で八田氏がサイナラ。

13:40 ここからようやく、国道308号を通って谷田丘陵の山道に入る。
山道を歩いているときがオイラは一番楽しい。

みんな健脚そろいで中道さんに「今日のメンバーでどなたが最長老ですか?」と聞いてみた。
「おれだ」と。彼は昭和4年の巳年とのこと。オイラよりちょうど一回り上だ。

西村さんに「あなたはとても早足だけどなにかスポーツをやっていたのですか?」と聞いてみた。
彼は3段跳びで中学時代に5年間も破られなかった記録保持者だそうだ。

なんにしてもすばらしい体力の持ち主ばかりだ。
15:45 谷田丘陵・子供の森の山道を約1時間半歩くと「藤ノ木古墳」へ下りる。
「藤ノ木古墳」の名は有名だが古墳そのものはちっぽけなものだ。
15:58 十代崇神天皇の御代に年穀の凶作が続いた時、帝自ら卜占をもって占い、天神地祗を「朝日日照處、夕日日陰處」龍田小野である龍田山の生地に大宮柱太敷立鎮座されました。たまたま聖徳太子(16才)が法隆寺建立を企てられ橘の京から来られて、平群川(竜田川)の辺りに伽藍建設地を捜し求められていました。その時、聖徳太子は、椎坂山で白髪の老人に顕化した竜田大明神に会い、指示してもらった地(斑鳩)を法隆寺建設地とされました。
この神社から東へ5〜10分ほどバックすると法隆寺へ行ける。

ここから5分ほど進むと天智天皇の勅願と言われる「ぽっくり往生の寺・吉田寺」。
なんの苦しみもなく往生出来ると言われる。
16:15 吉田寺を過ぎると梨畑の梨の花がいま満開。とってもきれい。
最初は桜の花か?と思ったがどなたかが梨の花だと教えてくれた。
16:35 ようやく王寺駅前に到着。いやー疲れました。笹川リーダーの挨拶でかいさーん。
ひそかに「反省会」を期待していたが、どなたも掛け声なし!ざんねーん。
オイラと大西氏は近鉄で生駒駅まで。(三好氏も別車両に乗った)
17:50 自宅に帰着。本日の総歩行数:45,200歩。総歩行距離:約31.6Km。総労働時間:10時間。