2013.5.26(日)
市花:うの花(高槻市)とバラ(茨木市)の鑑賞
行程:JR高槻駅~芥川~番田大樋~玉川の里(うの花)~玉島橋~若園公園(バラ)~元茨木川緑道~JR茨木駅 
集合場所まで
340円+450円=890円
生駒駅
快急
鶴橋駅
環状
大阪駅
快速 
 高槻駅
7:41 7:56-8:00 8:15-8:24  8:43
9:00 JR高槻駅に集まったのは、後で聞いたら86名!とのこと。
藤原氏が何度もコースマップをコンビニまで刷り増しに走る。
上垣氏のコース説明に続き、スタート。
9:22




 スタートしてすぐ芥川に出る。
 
芥川のアオサギ
 
芥川
芥川:大阪府高槻市と京都府亀岡市との境をなす明神ヶ岳に源を発し、山間部で京都市西京区と高槻市の市境を流れた後、高槻市を南に縦断して流れ、女瀬川を高槻市中心部で合わせ高槻市南部で淀川に注ぐ。
上流部の摂津峡は名勝として知られ、花見やキャンプ、紅葉狩りなどの行楽客を集める。
中流部で旧西国街道と交わるあたりは宿場町として栄え、芥川は六宿駅の一つに数えられる。
9:31

芥川の堤防をしばらく歩くが、太陽を遮るものなく森氏の配慮により堤防と平行した桜並木道を歩く。

路面には高槻の花 「うのはな」 
 
この木陰道は良かったよ
この木陰は良かったね。
サクラの時期はサイコーだろう。
10:10


木陰道を終わると堤運動広場でトイレ休憩の後、芥川を向こう岸へ渡るため橋へのスロープを登る。

「また坂かあ、エレベーターでも付けろよ」と不平を言うと
「イヤなら帰れ!歩きに来ているんやろ!」と沼田氏に叱られる。

橋を渡りきると番田水路を右手に見る。
本川と並び同じくらいの川幅の樋(川)が流れる。 三本流れているところもある。

下手にある番田水路はもともとこの碑のところにあり「番田の大樋」と呼ばれた。
巨大な木製の樋管で芥川の下を伏して通された高槻城主永井直清の水利政策のもとに、明応2年(1659年)に完成。
この界隈は潤沢な米作地に変わった。
 10:40  水路からすぐに玉川の里に入る。

平安期より和歌に歌われ、江戸期には俳句や川柳に詠まれた“卯の花の玉川”。
卯の花や月の名所として名高く、高槻市の花に卯の花が指定されたのもこの地が由来。
「摂津国三島の玉川」として全国・六玉川の一つに数えられる。


 
 
卯の花
 
赤い卯の花
ここ玉川の里の卯の花はほとんどが「白」だ。
中に赤いのを見つけたので「あっ、赤い卯の花だ」と声を上げたら、誰かが「違うよ!これはウツギだよ」と教えてくれる。
本人はマロの間違いを指摘したつもりだろうが、彼こそ間違っている。

「ウツギの花」のことを「うのはな」って言うんだよ。 卯の花には「白」もあれば「赤」もある。

なお、ウツギは「空木」と書く。 これはウツギの木の芯が空洞になっているところから、空木となった。
故にウツギの花言葉は空洞部分を秘密の部屋に見立て「秘密」だ。
10:55

 西の川北広場では久保さんが「何の木の花かな?」とシャガの花にそっくりの花を見せる。

どなたか教えてください。 木の葉は桐の木の葉のようだそうです。

後日、須賀氏より「アブラギリ」だと教えてもらった。
 
何の花?







11:40
 若薗公園に着いた。

ここで昼食。
 
若薗公園
園内には、水の流れを取り入れた全長100メートルのせせらぎがあり、バラ園全体が見渡せる展望所が設置されています。
150品種、約2,300株のバラは、5月初旬から6月初旬、10月中旬から11月中旬の年2回、みごとな花を咲かせます。

 

 




 

 
13:00




 長い昼食時間のあと午後の部、スタート。

元茨木川緑地を歩く。
 
緑地終点
茨木童子:平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。酒呑童子(しゅてんどうじ)の最も重要な家来であった。
出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾、または兵庫県尼崎市富松)という説がある。
13:45 中央公園前で解散。
反省会。
15:40
鶴橋王将にてK・K・T・Sの4人で第二次反省会。
18:45 自宅着。
   本日の歩数:約 30,184 歩。